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札幌高等裁判所 昭和35年(ネ)41号 判決

控訴人 常盤勧業株式会社

被控訴人 国

訴訟代理人 杉浦栄一 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

昭和二七年九月請負人瑞穂建設と注文者被控訴人の間に、(一)工事名札幌少年院(北海少年院)寮舎模様替え及び附属家その他の新営工事(二)工事場所千歳郡千歳町長都川上(三)工事完成期昭和二八年三月二八日(四)請負代金総額一六、〇〇〇、〇〇〇円(五)請負代金・支払方法の特約工事進行中請負人の請求により工事出来形部分に対する一〇分の九以内の支払を受けることを内容とする工事請負契約が成立したことは当事者間に争いがなく、右工事出来形部分払の特約について(一)工事出来形部分(現場にある検査ずみ材料を含む)に対する一〇分の九以内の支払の請求は工期中三回をこえることができない、(二)右請求があつたときは註文者は遅滞なく検査を行いその結果を請負人に通知しなければならない、(三)右の支払の時期は検査に合格した部分に対する請負人の適法の請求があつた日から一〇日以内とする旨の細目が右工事請負契約の内容として協定されたことは成立に争のない乙第一号証(工事請負契約書)により明らかであつて、右工事請負契約に基いて瑞穂建設が昭和二七年一二月二四日までの間に自ら工事出来形金八、七二〇二八一円相当の工事をなしこれに対しその一〇分の九に相当する工事代金七、八四八、二五二円の部分払を受けたことは当事者間に争いがない。

ところで控訴人が瑞穂建設に対する貸金債権の強制執行として本件請負工事代金総額金一六、〇〇〇、〇〇〇円から右出来形部分既払金七、八四八、二五二円を控除した残額金八、一五一、七四八円のうち金二、〇〇〇、〇〇〇月につぎ控訴人を債権者、瑞穂建設を債務者、被控訴人を第三債務者とする札幌地方裁判所の債権差押並びに転付命令を得、右命令が昭和二八年六月三日被控訴人に送達されたことは当事者間に争いがないところ、被控訴人は瑞穂建設は右工事出来形の部分払を受けて後昭和二七年一二月二五日以降請負工事を施行する能力を失い請負工事を中途で投げ出したので、大北機動が瑞穂建設に交替して請負人となり本件請負工事を施行し瑞穂建設は右請負契約から脱退したものであるから、工事残代金八、一五一、七四八円は本件工事を完成した大北機動に帰属し瑞穂建設は控訴人主張の工事請負代金債権を有しないと主張し、控訴人は瑞穂建設は昭和二七年一二月二五日から昭和二八年五月四日まで引続いて本件請負工事に従事し翌五日から大北機動を履行担当者とし、大北機動に残工事を代行させ同年八月一日全工事を完成させた。従つて本件工事請負契約上請負人瑞穂建設は請負残代金八、一五一、七四八円の請求権を有する。仮りに被控訴人の主張するように昭和二八年五月五日以降請負人の交替が生じたものとしても瑞穂建設は昭和二七年一二月二四日までに施行した既成工事出来形金八、七二〇、二八一円のうち右工事出来形一〇分の一に相当する未払部分金八七二、〇二九円及びこれを含めて昭和二八年五月四日までに金二、〇〇〇、〇〇〇円に相当する工事を施行したのであるから、少くとも瑞穂建設の自らした右既成工事量に対する金二、〇〇〇、〇〇〇円の確定債権を被控訴人に対して有するものであると主張するので按ずるに、成立に争いない甲第五号証の一、二、同第六号証の一ないし四、同第七号証一ないし六、同第八号証の一ないし五、同第九号証の一ないし三、同第一〇号証の一ないし四、乙第一ないし第三号証、原審証人大屋満治の証言により成立が認められる乙第四号証及び原審証人高橋清、当審証人中田清の各証言、証人大屋満治の原審及び当審における各証言並びに当審証人徳光悟一の証言を綜合すれば北海少年院長高橋清が被控訴人国の契約担当官として指名入札の方法により瑞穂建設との間に本件建築工事契約を締結するに当り、双方間に工事請負契約書(乙第一号証)を作成し、請負代金一六、〇〇〇、〇〇〇円のうち請負人の工事完成引渡前に一〇分の九に相当する代金を施工者側の検定する工事出来形に応じて前払することを取り極めるにつき、請負人において右出来形払を受けて後契約の履行を怠り被控訴人に損害を及ぼす虞あることを考慮して、請負人瑞穂建設をして自己に代つて請負工事を完成する能力ある請負業者を工事完成保証人として立て、これを契約に参加せしめることとし、(契約条項第三条)請負人が契約不履行に陥り約定工期間又は期限後相当期間内に工事を完成する見込がないことが明らかに認められるときは施工者は請負人に代わつて請負工事を完成すべきことを保証人に請求することができ、保証人が施工者より右工事完成の請求を受けたときに請負人に代わり工事を完成すべき義務を負担するも、当初から主たる債務者の有する特定した給付義務に附従した同一内容の債務を負担してその履行を保証するのではなく、むしろ請負人の債務不履行を条件として第二次的請負人として工事の途中において請負人の有する契約上の権利及び義務を併せて承継すべきことを右双方間に約し、(契約条項第二九条)大北機動が右契約の趣旨を承諾した上保証人として本件契約に加わり請負人瑞穂建設とともに北海少年院長高橋清との間に乙第一号証右契約書に記名調印した。しかるに請負人瑞穂建設は施工者側の工事出来形検定手続を経て昭和二七年一二月二四日第二回工事出来形部分の支払を受けて後工事資金に窮し工事を続行しないまま放置したので昭和二八年五月二日北海少年院長は瑞穂建設の同意を得て、工事完成保証人大北機動に対し工事の完成を請求し、同保証人は同月五日これを承諾し瑞穂建設から残工事の引渡を受けて工事を施行し、昭和二八年八月五日請負工事を完成して北海少年院長に引渡し、同少年院長は同年七月六日、同年八月一二日の二回に亘り控訴人主張の請負残代金全額を大北機動に支払つたこと及び大北機動が施工者の請求により請負工事を完成したときは施工者に対する瑕疵担保責任は工事を完成引渡した大北機動のみがこれを負担すべき性質のものであつて、請負人瑞穂建設において請負工事を完成したとき支払を受け得べき既成工事出来形一〇分の一に相当する条件付代金請求権は請負工事を完成させた大北機動に承継され、大北機動が得た利益の限度において瑞穂建設から求償を求め得るに過ぎないものであることが当初からの契約の約旨であつたのに瑞穂建設は本件請負工事に対する五四、五パーセントの工事出来形を施行しその一〇分の九に相当する部分払金七、八四八、二五二円の支払を受けて後、全く残工事を施行せず、従つて右契約の趣旨に基き残余の契約代金請求権を被控訴人に対し取得し得なかつたばかりでなく、自己の施行した工事出来形一〇分の一に相当する前記条件付代金請求権をも失つたことが認められる。敍上認定に反する控訴会社代表者本人の当審並びに原審における各尋問の結果はたやすく措信し難く、他に右認定を左右すべき証拠がない。控訴人は瑞穂建設は昭和二八年五月四日まで本件請負工事を施行し、大北機動が残工事に着手するまでに既成工事出来形の未払分(一〇分の一)金八七二、〇二九円を含め金二、〇〇〇、〇〇〇円に相当する工事を施行したから、これを同人の有する確定債権として被控訴人に対し請求できる旨主張するのであるが、原審並びに当審において控訴会社代表者本人はこれに合致する供述をするけれども右各供述は措信し難く、他に瑞穂建設が既にした前記工事出来形金八、七二〇、二八一円を超えて自ら残工事を施行したとの控訴人主張事実を肯定して前示認定を覆するに足りる証拠がない。もつとも原審証人村岡竜夫の証言によれば訴外村岡竜夫が瑞穂建設の下請人として昭和二八年四月頃まで本件請負工事中電気工事の一部を施行したことが認められ、また成立に争のない甲第一号証、同第四号証及び原審並びに当審における控訴会社代表者本人の各供述によれば控訴人が瑞穂建設に対し金二、〇〇〇〇〇〇円を貸与し、右債務の弁済を確保するために瑞穂建設の被控訴人に対し有する工事請負残金八、一五一、七四八円中既成部分検定済工事代金のうち金二、〇〇〇、〇〇〇円の受領を債務者瑞穂建設から控訴人に委任したことにつき昭和二八年三月三日北海少年院長がこれに対し承諾を与えたことが認められるけれども、原審証人村岡竜夫、高橋清、当審証人徳光悟一、中田清の各証言及び成立に争のない甲第二第三号証によれば被控訴人が訴外村岡竜夫のした前記電気工事に対する代金を本件請負契約による工事代金の支払とは別途に昭和二八年四月までの間に瑞穂建設にこれを支払つたこと及び被控訴人は瑞穂建設が昭和二八年三月末の契約工期内に金二、〇〇〇、〇〇〇円の出来形部分払をなし得るだけの工事量を施行すべきものであることを予定し、この工事施行を条件として瑞穂建設の控訴人に対する右工事出来形部分払の受領委任に対し承諾を与えたものであるところ、瑞穂建設は右予定した工事を施行しなかつたので、大北機動に対し工事完成を請求する前に控訴人に対し右受領委任の承諾を撤回する旨通知したことが認められるから、前記各事実はいずれも前段認定を妨げるものではない。

従つて、敍上各認定事実にかんがみるときは本件請負契約担当者北海少年院長が契約に基いて請負人瑞穂建設の同意を得て工事完成保証人大北機動に対し工事完成を請求し昭和二八年五月五日大北機動がこれを承諾し瑞穂建設から未完成工事の引渡を受けたとき、請負人の契約上の地位の交替が成立し、瑞穂建設が請負人の地位を離脱するとともに本件工事請負契約の約旨に従い同人が既に支払を受けた前記工事出来形前払金を除いた契約上の工事請負残代金請求権全部は、瑞穂建設から大北機動に移転承継され、瑞穂建設はこれを失つたものというべきであるから、その後瑞穂建設が被控訴人に対し請負工事完成による工事残代金請求権を有することを前提とし、控訴人から債権強制執行としてなされた前記債権差押並びに転付命令はその効力を生じるに由がなく、右請負契約者の地位の交替に伴う債権債務の承継移転につき債権者控訴人に対抗するための民法第四六七条第二項所定の対抗要件が履践されなかつたことは弁論の全趣旨に徴し当事者間に争ないところであるけれども、債権発生原因である契約上の債権移転については右規定の適用がなく、瑞穂建設がした工事出来形一〇分の一に相当する控訴人主張の代金八七二、〇二九円についても当初の請負契約上瑞穂建設が被控訴人に対する確定債権としては取得し得なかつたものであることは先きに認定したとおりであるから、被控訴人は控訴人に対し右債務不存在をもつて対抗できるものといわなければならない。

果してそうであるならば、控訴人のした前記債権差押並びに転付命令が有効で適法に本件工事請負残代金債権が控訴人に移付されたことを前提として被控訴人に対し右転付債権並びに附帯損害金の支払を求める控訴人の本訴請求は爾余の争点につき判断するまでもなく失当としてこれを棄却すべきである。これと同趣旨に出た原判決は相当で本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 南新一 輪湖公寛 藤野博雄)

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